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「たたらの楽校」はこの地域固有の貴重なたたらの歴史を辿り、そこに深い関心を有する人々の拠り所とし、またより多くの人々に理解の輪を広げていくことを目的として設立いたしました。

 

 

 


たたら資料館・大宮楽舎
「たたら」の”いろは”とヤマタノオロチ伝説を学ぶ。

 

日時:月曜日~金曜日 10:00~16:00

場所:鳥取県日野郡日南町印賀1516番地  大宮地域振興センター
TEL: 0859-87-0911

 



   

たたらの楽校

日本の鉄と「たたら」の歴史を知ろう!

古来から人間の暮らしを豊かにしてきた「鉄」。時代の移り変わりとともに、鉄がどのように求められてきたのか。また日本独自の製鉄法「たたら」の技術がどのように進歩し、やがて廃れていったのかをわかりやすく紹介しています。

 たたらの楽校

「たたら」の原理を知ろう!
「酸化還元反応」という「たたらの原理」を、鉄之進と酸素ちゃん、そして一酸化タンゾーが登場する『銘刀になった鉄之進の物語り』で楽しく学びます。

やまたのおろち

印賀鋼、船通山、そしてヤマタノオロチ伝説

出雲神話にあるヤマタノオロチ伝説は、日南町の船通山を舞台にしています。三種の神器のひとつ「天叢雲剣(あめのむらくものつるぎ)が、オロチのしっぽから出てくるというこのお話しと、この地の「たたら」との関係を想像します。

 

 

 

 


根雨楽舎

近藤家に残された膨大な古文書からもうひとつの『坂の上の雲』を読む!


日時:
土曜日・日曜日 10:00~16:00

場所:鳥取県日野郡日野町根雨645番地  日野町公舎

TEL:0859-72-0249(日野町商工会)


 


根雨楽舎

「たたら」に関わった人々、その相関図

かつての巨大産業「たたら製鉄」には、経営陣や技術職、そして原料となる砂鉄や木炭を供給する人々など、多数の力なくしては成り立たないものでした。それらの関係が、おおきなイラストレーションによって一目でご覧いただけます。

 

近藤家をはじめとした奥日野の鉄山師とその歴史

幕末から明治、大正にかけて、中国地方でも有数の鉄山師としてあった根雨・近藤家の歴史を中心に、日野のたたらの概要を解説。

 

近藤家の苦悩と西洋鉄への対抗策

西洋鉄の流入で岐路に立った五代目当主、喜八郎の苦悩と打開策、合理化への取り組みと近代的たたら「福岡山鉄山」新設の経緯を追います。

 

明治三十四年の文書に「たたら」を見る

近藤家の優秀な手代たちによって作成された沢山の文書。そこには当時の「たたら経営」の実態が事細かに記されて、「たたら」に携わった人たちの暮らしぶりを読み解くことができます。

 

近藤家の「たたら経営」(歴代当主の紹介)

当時の3万人ともいわれる日野郡民の生活の根幹でもあった「たたら」。地域の暮らしを支え、また地域の問題解決に奮闘した近藤家歴代当主の仕事ぶりを紹介いたします。

 

「たたら」が及ぼした地域への影響

「たたら」が村に打ち込み(新設)されるということは、今で言う「企業誘致」と同意でした。「金澤山たたら」に関わる取り決め書(議定書)から、当時の村、そして山内の暮らしぶりやさまざまな地域への影響を知り、また明治31年に俵国一博士によって調査された資料から、「都合山たたら」の様子を想像します。

 

数字で見る「たたら」

たたらに用いた砂鉄や木炭の量、そこに必要だった土砂や山林、生産量や販売量、あるいはやりとりされたお金やその今日的価値など、古文書に記されたさまざまな「数字」をもとに当時の暮らしぶりなどを探ります。

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